2015-02-16

神々廻楽市『鴉龍天晴』楽しく読んだのだがまとまりは悪い



神々廻楽市『鴉龍天晴』

第2回ハヤカワSFコンテスト最終候補作。

関ヶ原の戦いで小早川秀秋が日和見を決め込み、結果として徳川の支配する東国と豊臣の支配する西国に別れたまま200年の太平の世が過ぎた後、ペリー来航から日米修好通商条約あたりまでの「幕末」を描いている。

東国は三種の神器に由来する技術を受け継いだ鬼巧というメカがいて、西国は古来の妖怪たちが味方する、という異世界的な設定と、幕末の史実通りの人と史実にはいない人間とが虚実ないまぜで跳梁する歴史ファンタジーというかスチームパンクというか、といった風情。

良い点をまず挙げると、キャラの描き方は魅力的なところ。ちょっとラノベっぽい感じでもあるが、読んでいるあいだは楽しいし魅力的だ。いろんな(裏)設定も見え隠れするし、それぞれにキャラが立っている。キャラクターの語り口調も江戸時代〜幕末っぽさと現代っぽさがいい塩梅で入り混じっており、読みづらさもないが変に現代っぽすぎず、楽しい。

悪い点は、良い点と表裏一体ではあるけれど、キャラクターも設定も詰め込みすぎてしまったところ。いろんなキャラクターのそれぞれの立場が次第に明らかになってくる中盤以降、さてこれをどうまとめるのかな、と思っていたら今ひとつまとまらずに終わってしまった感がある。

よく「アイデアを詰め込みすぎて話としては破綻している」っていうのはSFに対しては褒め言葉になっている(と思う)し、個人的にもそういうSFって好きなんだけど、残念ながら本作はそういうのとは少し違う。単に個別の要素がいまひとつうまく昇華されていないように思われる。もう一歩といった感がある。

そしてもう一つ、この架空の歴史においてこの物語が描いている事件とはなんだったのか?というところにもいささか疑問がある。日米和親条約が結ばれてから日米修好通商条約と将軍跡継ぎ問題のタイミングを描いているのだが、なぜこのタイミングのこのエピソードを描いたのか? いわゆる「歴史が動いた」タイミングはほかにもありそうな気がするのだが……まあそれは難癖みたいなものだけれど、少し気になるところでもある。

そういうわけで、面白いんだがもうひとつまとまりが悪いのが惜しい。ただ同作者の次回作が気になるほどには楽しんで読んだ。

# それとこのペンネーム……ちょっと読めないですよ。奥付にふりがなふってあるけど次に見ても読み方わすれてる自信があるな……

2015-02-07

ES6 Symbolとはなんなのか

なんか最近WebKit (JSC) に ES6 Symbol が実装されたようなんですが、Symbol とかそんなのあったのか……というレベルだったので調べてみました。調べてみたらけっこう知らない世界でした。ES6、いつのまにかこんなことができたのかって感じ。

シンボルとは何なのか

プログラミング言語におけるシンボルというのは……名前がついて区別可能なモノ、というのが一般的な理解である気がします。LISPでは多用されますね。たとえばメソッドの名前とか構造体のフィールド名、連想配列のキーやenumのようなものとして使ったりします。Rubyでもおなじみです。

まあこういう説明が必要な人はあんまりここを読んでない気もするのでwikipediaへのリンクで済ませたい。

ES6のシンボル

ES6のシンボルも似たような感じなんですが、いろいろ違うところもあって戸惑います。以下はおおむねMDNからもってきたものですが……

まず、シンボルは Symbol() で作ります。

a = Symbol()

引数に文字列も渡せます。

b = Symbol("foo")

ただ、この文字列はいわゆるシンボル名ではありません。

a == a // => true
a == b // => false
b == Symbol("foo") // => false

Symbol()が呼ばれるたびに毎回あたらしくシンボルが作られるという感じです(gensymと同じですかね)。Symbol()に渡す引数は仕様ではdescriptionと呼ばれています。

もちろん特定の名前と関連付けられたシンボル、というのも作ることができます。Symbol.forというのがそれです。Symbol.keyForによって名前を逆引きできます。

c = Symbol.for('foo')
c == Symbol.for('foo')  // => true
b == c  // => false
Symbol.keyFor(c)  // => 'foo'
Symbol.keyFor(b)  // => undefined

んでシンボルの用途ですが、オブジェクトへのキーにできます。

o = {}
o[a] = 1
o[a]  // => 1

まあ文字列と一緒ですね。ただし、文字列化しているわけではありません。

o[a.toString()]  // => undefined

そしてなぜか、oのキーとして、シンボルは通常見えなくなります。たとえばObject.keys()やfor...in構文などでは無視されるようになります。

Object.keys(o)  // => []
o[a]  // => 1

JSON.stringifyでも無視されます。

JSON.stringify(o)  // => "{}"

いちおう「キーのうちシンボルだけ」を取り出すAPIもあるので頑張れば持ってこれますが、基本的には見えてこないということですね。

ES6 シンボルの用途

さてこれなんに使うんだろうか……と不思議だったんですが、プライベートなフィールドを作るのに便利そうです。http://tc39wiki.calculist.org/es6/symbols/ の例……はモジュールを使ってますが、ふつうのJSっぽく書くと、

var Foo;
(function() {
  var sym = Symbol('foo');
  Foo = function() {
    this[sym] = 'foo';
  }
  Foo.prototype.bar = function() {
     // do something with this[sym]...
  }
})()

こんなふうに書くと、symのフィールドには外部からはわりと不可視になります。外部から不用意にアクセスできないようなフィールドには便利ですね。

もう一つとして、ある種の構文を提供できるようになるようです。というかたぶんこれが主な用途なんですかね。

たとえばSymbol.iteratorというシンボルが定義されていますが、これによって任意のオブジェクトを for...of構文に渡したりできます。

function Range(s, e) {
  this.start = s;
  this.end = e;
}
Range.Iterator = function(range) {
  this.range = range;
  this.current = range.start;
}
Range.Iterator.prototype.next = function() {
  if (this.current >= this.range.end)
    return {done: true};
  return {value: this.current++, done: false};
}

Range.prototype[Symbol.iterator] = function() {
  return new Range.Iterator(this);
}
for (var x of new Range(4, 10)) { console.log(x); }  // => 4, 5, 6, 7, 8, 9

こういう特殊なシンボル(Well-known symbols)は現行のES6において11個定義されているみたいですが、Chromeにはまだiteratorしかないようです。

2015-02-02

The Imitation Game

コンピュータの仕事をしていたらだれでも知ってる数学者のアラン・チューリング、その生涯のうち、とくに第二次大戦中にドイツのエニグマ暗号をやぶったくだりを中心に描いた映画。ベネディクト・カンバーバッチ主演。あんまし情報ないので日本上映は先なのかな、と思ったらトレイラーもありました。
映画はみっつの時代を行き来する。映画は1950年にはじまる。マンチェスター大学に赴任していたチューリングのもとに警察が訪れる。チューリングは軍籍があったが、その軍歴は極秘でありうかがい知ることはできない……。

そして時代は1940年、チューリングが「ラジオ工場」に赴任し、ナチスドイツの暗号分析にはいる。同僚は名だたる数学者やチェスチャンピオン。傍受した暗号の解読にいそしんでいたチームだったが、チューリングはまったく別のアイデアを構想する。暗号解読機械を構築し、人手を介さずに瞬時にして暗号を解くのだ。

最後は1920年代末、チューリングの少年時代。いじめられがちだったチューリングだったが、クリストファーという親友ができ、本で読んで覚えたばかりの暗号(映画ではよくわからないがおそらく単純なシーザー暗号)でメッセージをやりとりするようになる。同性愛者であったチューリングにとって、クリストファーへの思いはある種の恋愛感情をもったものであることが示唆される。

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映画にはふたつのテーマが隠されている。

ひとつは暗号解読チームの成功物語だ。

チューリングの同僚たちはプライドも高く、はじめはチューリングのやり方に納得できずに去ってしまう。やがて和解し、一丸となって機械の構築に挑むが、機械はなかなか動かない。どうしても最後の一手に欠ける。いっぽう、なかなか成果の出ないままわけのわからない機械を作っているチューリングに業を煮やした将軍は強制的に停止しようとするが……。

チームものとしてはおあつらえ向きの展開だ。はじめは対立するがやがて和解するのはチェスチャンピオンでもあるヒュー・アレクサンダー。対立して去ってしまった人手を埋めるために採用した女性、ジョーン・クラークとチューリングは親密さを増していき、あるときチューリングはジョーンに求婚するまでになる(この辺、実在の人物なのかよくわからんな……と見ながら思ってたのだが主要登場人物はちゃんと実在だし、チューリングが求婚したのも本当のことらしい。知らなかった)。

だがチューリングを語る上で大事なもうひとつの軸は、彼が同性愛者だということであり、1950年台の物語も、20年台の物語も、そちらが主要なテーマとなる。そして彼が同性愛者だということ(そして当時のイギリスではそれは違法だということ)は物語に深刻な影を落とし始める。

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よくできた映画だと思う。

チームの成功物語としてもなかなかよくできているし、何かあるとしどろもどろになってしまうしコミュ障にもほどがあるチューリングもキャラが立っている(しかし、あんなわかりやすくコミュ障な人だったんだろうか。序盤のランチのくだりは笑ってしまった)。

構築したマシンのかっこよさも格別で、ついに解析に成功して機械が停止するシーンとかも良いかんじ。

でもそういう脳天気な話にはならない。戦時下の厳しさ、チューリングの性的傾向の問題、スパイ嫌疑の問題などが重くのしかかる。そんななか、ジョーンとの友情とも愛情ともつかない不思議な関係の描写も面白い。

タイトルの "imitation game" というのは、直接的には作中で語られるチューリングテストのことだ。機械による人間の模倣のゲーム。だがそれは同時に暗号のモノマネでもあるし、同性愛者が異性愛者のふりをすることでもあるように思われる。ほとんど社会不適合者なチューリングが頑張って普通の人のふりをすることでもあるだろう。

まあ見ると良いと思いますよ。