芝村裕吏『宇宙人相場』
一部にコアなファンのいる芝村裕吏の早川のSF3本目。
子供の頃からずっとオタクでその業界で頑張ってきた結果、35歳にして小さなアニメ関連グッズ会社の社長をやっていた主人公が、でもそろそろ結婚したいなと思っていた矢先にふと出会った病気がちな女性と結婚することになり、だが病気がちな妻といっしょに過ごすために、義父の手ほどきを受けてデイトレーディング(スキャルピング)を始めることになるが、いっぽうなぜか質問ばかりしてくるスパムメールの主は自分が宇宙人だと主張をはじめ……
といったあらすじ。意味わからんと思ったかもしれませんがわりと適正なあらすじかと思います。オタク、デイトレーディング、宇宙人ファーストコンタクトというだいぶ無理な組み合わせの三題噺といった風情。ただ、この三要素は作中でうまく絡み合っているとは思えず、またそれぞれの書き込みというか内容についても、ディープな向きからは不満も残るもののようす。
たとえば株についてみると、主人公がふつうに勝ちすぎという点がレビューなんかで指摘されている……ってまあそれはそういう話だと思って読むべきかなと思ったし、「オタクであればあるほど現実と虚構の区別はつく」という作中の主人公の述懐を引くまでもなく、こんなの読んで株やろうという阿呆はおらんと思うので別に良いのでは、とは思うけれど。それに主人公も失敗して死にそうになったりしてるし。
ただ言い方を変えると、いわゆる経済小説としての完成度はべつに高くない。素人がいきなりはじめて大儲けしました、反射神経と判断力が鍵なのですが頑張りました、という話なので、だからなにっていう感じはある。
オタク方面については個人的にもにょるところがあって、主人公がコミュニケーション能力の薄いオタクだということがあって、いささか身につまされる面もある一方、主人公が嫁とトレーディングにのめり込んでいくうちにアニメとかどうでもよくなってくるのを見るのは悲しい気分になってくる(降って湧いたように嫁が登場する展開だからか、願望充足的という指摘も見た気がするけれど、ふつうのオタクの願望充足はこういうものではないでしょう)。後半の主人公はほとんど嫁かわいいに終始しており(あとは嫁の実家の問題に気に病むぐらいであり)、アニオタというアイデンティティはこの小説に必要なのか?というのは疑問を抱かざるをえない面はある。まあ結婚してオタクをやめるってのは、ある意味リアルだとは思うけれど……(そういう意味でエピローグでの元社員の反応なんかはリアルに思える)。
ただオタクを描く芝村の手つきは非常に手慣れており、主人公のオタクらしい言動や考え方や周囲との噛みあわなさというのは読んでいて楽しく、この作品を豊かにしているとも思える。
まあさっくり読めて総合的にはよろしいんじゃないでしょうか。ただ宇宙人、どうなの、この話にいるの、ってのはよくわからんですね……。
---
と思ったけど最後の宇宙人のセリフで設定が明らかになるわけですね。最初すごい雑に読み飛ばしてしまったが、ああなるほどね、ってなる。
きちんと伏線を張って回収するのが良い向きにはあまり好まれないかもしれませんが、あんまり溜めずに、さりげなく一言で世界をひっくりかえすというのは、個人的には好き。一種のギャフンオチですね。