2015-01-20

芝村裕吏『宇宙人相場』。オチはよい



芝村裕吏『宇宙人相場』

一部にコアなファンのいる芝村裕吏の早川のSF3本目。

子供の頃からずっとオタクでその業界で頑張ってきた結果、35歳にして小さなアニメ関連グッズ会社の社長をやっていた主人公が、でもそろそろ結婚したいなと思っていた矢先にふと出会った病気がちな女性と結婚することになり、だが病気がちな妻といっしょに過ごすために、義父の手ほどきを受けてデイトレーディング(スキャルピング)を始めることになるが、いっぽうなぜか質問ばかりしてくるスパムメールの主は自分が宇宙人だと主張をはじめ……

といったあらすじ。意味わからんと思ったかもしれませんがわりと適正なあらすじかと思います。オタク、デイトレーディング、宇宙人ファーストコンタクトというだいぶ無理な組み合わせの三題噺といった風情。ただ、この三要素は作中でうまく絡み合っているとは思えず、またそれぞれの書き込みというか内容についても、ディープな向きからは不満も残るもののようす。

たとえば株についてみると、主人公がふつうに勝ちすぎという点がレビューなんかで指摘されている……ってまあそれはそういう話だと思って読むべきかなと思ったし、「オタクであればあるほど現実と虚構の区別はつく」という作中の主人公の述懐を引くまでもなく、こんなの読んで株やろうという阿呆はおらんと思うので別に良いのでは、とは思うけれど。それに主人公も失敗して死にそうになったりしてるし。

ただ言い方を変えると、いわゆる経済小説としての完成度はべつに高くない。素人がいきなりはじめて大儲けしました、反射神経と判断力が鍵なのですが頑張りました、という話なので、だからなにっていう感じはある。

オタク方面については個人的にもにょるところがあって、主人公がコミュニケーション能力の薄いオタクだということがあって、いささか身につまされる面もある一方、主人公が嫁とトレーディングにのめり込んでいくうちにアニメとかどうでもよくなってくるのを見るのは悲しい気分になってくる(降って湧いたように嫁が登場する展開だからか、願望充足的という指摘も見た気がするけれど、ふつうのオタクの願望充足はこういうものではないでしょう)。後半の主人公はほとんど嫁かわいいに終始しており(あとは嫁の実家の問題に気に病むぐらいであり)、アニオタというアイデンティティはこの小説に必要なのか?というのは疑問を抱かざるをえない面はある。まあ結婚してオタクをやめるってのは、ある意味リアルだとは思うけれど……(そういう意味でエピローグでの元社員の反応なんかはリアルに思える)。

ただオタクを描く芝村の手つきは非常に手慣れており、主人公のオタクらしい言動や考え方や周囲との噛みあわなさというのは読んでいて楽しく、この作品を豊かにしているとも思える。

まあさっくり読めて総合的にはよろしいんじゃないでしょうか。ただ宇宙人、どうなの、この話にいるの、ってのはよくわからんですね……。

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と思ったけど最後の宇宙人のセリフで設定が明らかになるわけですね。最初すごい雑に読み飛ばしてしまったが、ああなるほどね、ってなる。

きちんと伏線を張って回収するのが良い向きにはあまり好まれないかもしれませんが、あんまり溜めずに、さりげなく一言で世界をひっくりかえすというのは、個人的には好き。一種のギャフンオチですね。

2015-01-13

tarを解凍しつつキャッシュに展開するService worker

というのを書いてみました。なんかたくさんアセットのある例、ってことで emojify.js という絵文字系のJSライブラリのデモページを使ってます。

https://googledrive.com/host/0B8b5YMw-yJleQ3N4bkxrNVlfYjA/

このページはemojify.jsのデモページである http://hassankhan.github.io/emojify.js/ とほとんど同じです。タイトルと注意書きと、service workersの登録を除けば。

ただ、もとのデモページと違って images ディレクトリを消してるので画像ロードが盛大に失敗します。画面スクロールするとサンプル絵文字が読み込み失敗になっていくのが見えるはずです。

ところがChrome 40以降であれば、この時点でservice workerが登録され、動き始めます。service workerは画像ファイルをアーカイブしたimages.tarを取得し、なかのファイルを取り出してキャッシュに突っ込みます。

なので、数秒待ってから(この処理が完了してから)リロードすると、さっきは読み込み失敗してた画像が突然表示されるようになります。しかもキャッシュから取ってくるので速い!という。

書いていて途中で「まあでもコネクションを減らす目的だったらpipeliningしたりspdy使ったりしたほうが効率いいよな……」とふと我に返るタイミングもありましたが、あまり気にしないことに。

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tarってしょせんヘッダとコンテントが並んでるだけのデータ構造でしょ、って思ってて、詳細しらんけどそれぐらいJSでも読めるんじゃないかなぁ、ということで思いついたのがこのデモのきっかけです。tarのパーサはGNUのマニュアルを見ながら超適当に書きました。

tarは512バイトごとのブロック単位になっており、512バイトのヘッダブロックにそのファイルのメタデータを記述し、必要ならそのファイルのコンテンツを保持したブロックが続きます(ディレクトリやシンボリックリンクなどはコンテントは存在しないのでいきなり次のブロックが続く)。

ファイルの終端は0クリアされたブロックが2つ続くとか、フォーマットやチェックサムの項目があるとか、そういう細々したのがいろいろあるのですが、今回はそういうのは完璧に無視し、ファイル名とファイル長だけを取ってくる単純な仕様にしました。ArrayBufferを使って512バイトごとに区切り、特定のオフセットにアクセスするだけなので簡単でした。

ちょっと驚いたのはサイズのフィールドはASCIIの数字で8進数表記ということですかね。なんでそんな仕様なんでしょうか。

2015-01-07

ウィリアム・ソウルゼンバーグ『ねずみに支配された島』



ウィリアム・ソウルゼンバーグ『ネズミに支配された島

面白かったけれど、『捕食者なき世界』ほどの面白さはないかな、と思いました。著者のソウルゼンバーグはこういった著書など生態系に関するテーマに強い科学ジャーナリスト。

本書の指摘は単純明快。ねずみに代表される害獣によって多くの固有種が絶滅の危機に瀕しています。害獣駆除の試みが始まって、いちおう成功を収めつつあります。以上。

著者も指摘するように、「野生動物の絶滅」とかというと、多くの人が思い浮かべるのは、毛皮や角などを求めて(多くは西洋文明の)人間によって根絶させられるというものかも。ですが、多くの絶滅は孤立した島の固有種に対して起こり、それは西洋文明とはあまり関係なく、人間の移住や、それにともなうねずみなどの害獣によって引き起こされると著者は書く。

主な舞台はニュージーランドとアリューシャン列島。ニュージーランドの飛べない鳥カカポやアリューシャン列島の海鳥たちはねずみによって絶滅の危機に瀕しているとされます。ねずみは空腹でなくても獲物を狩れるうちには狩ってしまう習性があり(過剰な分はためこんで腐らせてしまったりする)、そういう獲物が生態系に存在しなかった島では少数であってもおそるべき効果を発揮してしまうとか。あるところではネコが、またあるところではキツネが、ヒツジやブタが、生態系を崩壊させてしまう。

イースター島の文明崩壊、ヤシの木を刈りつくしてしまったのも、住民がみずからすべて伐採したというジャレド・ダイヤモンドの説(『文明崩壊』)よりも、住民が持ち込んだねずみにむしろ原因があることが示唆されるのだとか。

こういう問題への対抗策は、そういう外来種の害獣たちを一匹残らず駆除すること。駆除というのはつまり、ねずみの場合は毒を含んだ餌をばらまいて殺し尽くすこと。ねこなら罠や銃で狩り尽くすことを意味します。ですが多くが絶海の孤島であるこうした島において、駆除のプロジェクトは簡単なものではありません。ここにねずみ根絶に向けた一大プロジェクトが発足するわけですが……

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著者はどちらかといえば野生動物の保全という目的に疑問を抱いていないけれども、個人的にはいささか割り切れない面もあります。野生動物というのはねずみがいなくても、勝手に滅んでいたものかもしれません。その地に適応してしまったねずみを殺すのは、ねずみがありふれた種であり、よそにいくらでもいるからですが、それは命の比較なのでは。ねずみを殺すにしても、もっと人道的な方法はないのだろうか……などなどの指摘は本書でも一応取り扱われています。ほかにも、複雑な因果関係がきちんと議論されないまま、動物を根絶させるという点から反対運動が起こるということもあるようで、ブタを根絶させようとして反対運動が起こった事例なども紹介されています。

また、毒餌によって根絶させるという場合、ねずみだけがターゲットになるともかぎりません。毒餌はほかにも効いてしまうでしょうし、ねずみの死骸を食べた野生動物が犠牲になるケースもあるのだとか。複雑な生態系の話なので、問題はそうそう簡単でもありません。

でも、そういった問題を抱えつつも、総合的にはいろんな問題が実際に解決されているのは事実であり、ともかくも先に進めていく、というのが本書の結末であり、ある種感動的ではあります。

個人的に前作より劣るかなと思ったのは、「害獣によって生態系が破壊される」というテーマが、『捕食者なき世界』のテーマほどの意外性がなく、予想よりはるかにすごいとはいえ「まあそうなんだろうな」というものであることと、毒餌のような対応策の単純さにあるのかもしれません。

2015-01-02

ベン・ウィンタース『カウントダウンシティ』。『地上最後の刑事』の続編。わるくはないが……



ベン・ウィンタース『カウントダウンシティ』

地上最後の刑事』の続編(→感想)。

『地上最後の刑事』では、小惑星の衝突による人類滅亡まであと半年という時期において、とある片田舎の街のふつうの刑事が事件を追う、という話だった。いわゆる破滅ものだけれど、あまり真剣にSFしてなくて、あくまでも警察小説としての体裁を保つことで、そこからかいま見える人類社会を描いているところがユニークで面白かった。

続編の本作は、衝突までもう3ヶ月を切ったある日。警察組織自体がほぼ崩壊していて退職した主人公が、知り合いの女性に頼られて失踪した夫を探す、という筋立て。

前巻の感想の最後に、続刊はつまらなくなるかも、という懸念を書いておいた。人類滅亡の日は決まっているけれどもそれはまだ半年先で、人によってはいろいろ好き勝手なことが始まっているけれども、社会は崩壊しきっていなくて、警察も士気は低いけれどもいちおう組織としては残っていて、みたいな奇妙なバランスが妙味だと思ったので、破滅が近づくとこのバランスが崩れちゃうっていう気もしたので。

この懸念はある程度あたっていた。滅亡までのカウントダウンは始まってしまい、社会はいろんなレベルで壊れている。食品配給制度が始まっていて、インフラは壊れ、電気や水道が使えなくなることもあり、主人公は警察をクビになっている。主人公が捜査の必要からあちこちに赴いた結果として、そういう社会の有り様が明らかになっていく小説手法は健在で、そこは面白かったのだけれど、前巻のような奇妙なバランスはもうない。これはほとんど破滅SFといってよく、そのわりに失踪者を探すという事件の「大したことなさ」はもうバランスが取れていない。それに最終的な事件の解決もあっさりしていて、なぜこの設定とこの展開にたいしてこんな事件なのか?というのが謎めいている。

前巻は士気の下がりきった警察組織のなかで何故か捜査を行う主人公というのがノワールっぽくなっている、という指摘があったけれど、その点で言うと今巻では主人公はもうクビになっているので、ある種「元警察の探偵」風味になっているところは面白くはある。でもまあそれは些事かな。

前巻でも奇妙に空虚だった主人公の捜査への動機はいっそう空白になり、一人称小説なのに主人公が何を考えて行動しているのか疑問と言わざるをえない話になっている……というのはまあ、主人公が実質的に狂言回しだからなのだけれど、そういう構成が読者にあからさまになってしまうのは残念感もある。

ここまで来たら最後まで読みたいところだし、個人的には面白く読んだけれど、まぁ前巻ほどではないかな。前巻を読んですごく気に入った自分みたいな人は読むべきですね。