2012-02-07

EPUBが論文出版のデファクトスタンダードになる日は来るか

で、一つ前のエントリでも書いたようにKindleはわりと愛用するようになったのですが、不満な点もあって、論文。論文が読みづらい。

KindleにはPDFの表示機能が組み込まれてはいるのですが、なにせ画面が小さいので、もともとA4(やレターサイズ)で表示されることを前提にしている論文だと文字が相当小さくなってしまう。ましてや2-columnの論文となるともう無理って感じです。またページ繰りもじゃっかん遅い。ユーザエクスペリエンスがまずい。拡大して読む、ということもできないし。
シリーズの中でもKindleDXだけは比較的大きいので論文とかも読みやすいのでは、という考えに基づいて私も買ったことがあるのですが、これも間違ってたなあというのが正直なところ。上に挙げた文句のうち、「画面が小さいので読みづらい」という問題が若干緩和されているだけで、ユーザエクスペリエンスがよくないといった話は全然解決していないのですね。
一方、携帯電話やタブレットで読むという選択肢もちょっとないな、と思っています。これも前のエントリに書きましたが、Kindleに慣れてしまうと、E-Inkの読みやすさというのを実感します。それに、特に携帯電話で、ページの一箇所を拡大表示で読むというのも読みやすいのかなぁというのが若干疑問だったり……。

というわけで掲題の話を、ちょっと前から思っているわけです。そもそも論文をPDFで配布する必然性って、ないよね? EPUBとかのほうがいいんじゃないのかなあ?

PDFというフォーマットが悪いということは全然ないのだけど、PDFは「紙」とか「ページ」とかいった概念に強く依拠するフォーマットだということは言えます。だから紙に印刷して読むならとてもいいんです。いっぽう、昨今の電子書籍フォーマットでは、もはやページという概念すらなくなっている。たとえばAmazonの「なか見検索」でも、Kindle版の場合は上下になめらかにスクロールするUIになっちゃっているわけです。
そしてこの、ページという概念がないというのがキモでして、デバイスごとに違う文字サイズで表示できるし(ユーザも文字サイズをカスタマイズできるし)、デバイスごとに一画面分の文字数(単語数)がかわるということもありうる。だからどのデバイスでも読みやすいように読める。
ま、ようは、紙で印刷して読むならPDFも優れていますが、紙を使わないなら電子書籍デバイス向けのフォーマットというものがあり、そちらを使うといろいろ捗るぞ、というやつではないかと思うわけです。

でも実際問題としてどうなの、という面はあると思います。電子書籍デバイスは現状、相当の趣味人でないと持っていないものなのは確かなので、そういう人向けに頑張るというのも何かおかしい気がします。いちおうEPUBをパソコンなどで読めるソフトもありますが、電子書籍デバイスを持ってない人はそれで頑張れ、というのもいかがなものか、という気もします。だめなら印刷する、というのもありだとは思いますが、EPUBのデータを紙に印刷してPDFの品質に勝てるのか、というのは疑問です(っていうかやったことないからわからないのですが……)。
一方で、巨大な学会のproceedingsなど、昨今もはや紙に印刷するほうが珍しいのではないかという気もします。PDFの入ったデータを全員に渡しておしまいで、後日に一部だけ選んでエルゼビアから出版される、というパターンもおなじみなのではないでしょうか。私はだいぶ長いこと学会とかには行ってませんが、私が学生時代だった当時でさえ、分厚いproceedingsは定番の「忘れ物」でした。CDなりなんなりで電子データのみを配布する、というのは一般的でした。今ではそれがむしろ普通でしょう。
とすると、紙に印刷することを前提にしたPDFというフォーマットの利点は、実はそれほど大きくないのではないかという気もするのですが、どうですかね……。

技術的な話としては、latex2epubというのはとっくの昔に作られています。もちろんクオリティはわからないけど、latex2htmlはもともとあったわけですから、同程度のクオリティを目指すのは不可能ではないのかなと。となると、大学の先生におかれては、ぜひ、PDFとあわせてEPUB形式でも公開してほしいなあ、と思っているところではあるのです。もっとも、latex2htmlで論文をhtml化して公開しているのも相当の「趣味人」だけでしたから、こういう草の根運動は実を結びそうもないのかも……。
この話を同僚と話していたら、「TeXやDVIから変換したPDFはパターンがあるから、PDFからEPUBに変換できるんじゃないか」というアイディアも出ました。それはクールかもしれません。それでもいいなあ。うーむ。

いずれにせよ、学術出版の世界で電子書籍というのはもっと注目されたり実験されたりしてもおかしくないのになあ、とは思います。私のあずかり知らぬところで、きっと色々進んでいるのだろうな、と期待しつつ、様子を見ている外野の私なのでした。

2012-02-03

電子書籍強化月間のまとめ

電子書籍で生活をするという30day challengeが完了したので、まとめます。

チャレンジの概要
スタート時にこちらにまとめました。紙の本を一切読まず、それに充てていた時間を電子書籍に使うというものです。まんがや雑誌も「紙の本」に含まれる、また紙で売られた本をスキャン(いわゆる自炊)したものは電子書籍には含まない、といったレギュレーションを課しました。ちなみに所有している電子書籍デバイスはAmazon Kindleのみです。Androidデバイスは持っているので、それをサポートする環境はいちおう使えるのですが、E-Ink以外で読むのは抵抗感があり、使っていません。

読んだ本
実態はどうだったか?
読書時間は平日はあまり多く取ることができておらず、これもこれでなんとかしないといけないなあと思うわけですが、この辺の改善は行わないまま、今回のチャレンジを始めてしまいました。結果的に読書時間はそれほどかわらず、大して分量を読めないままだったという現状認識が、まずあります。
とはいえ、リストしてみると意外と冊数があります。私は普段の読書量だと、月間で4-5冊といったところだったと思うので、一見するとそれよりは多いですね。とはいえ、日本語の本はどれもかなり短いものが多いので、あまりたくさん読めたという気がしません。英語の本はさすがに読むスピードも遅いし。長編は実質的には1冊、Charles Yuの本しか読んでない。Kelly LinkのPretty Monstersは短篇集、F&SF誌も中編が6本とか入っているので分量もあり、短編はちょっと体力を使うというのを実感しました。

まんがについては、余力があればウェブ雑誌を探してみたりしてもいいかなと思ったのですが、他の本だけでも十分に読むものは多かったので、けっきょく挑戦に至りませんでした。単行本も買っていません。ただし、単行本については前提として、電子書籍は刊行から数ヶ月遅れてやってくることが多い、という事情もあるような気がします。興味のあるまんがはだいたい新刊で買っているので……。

感想と今後
30day challengeは、二通りのパターンがあると思います。第一には生活スタイルを変えるというパターン。毎日自転車で会社に通う生活をしてみる、というチャレンジですね。こういうチャレンジの場合、期待される効果としては、生活スタイルが変わり、今後も毎日ではないにせよ自転車出勤生活を続ける、というものになります。
一方で、30日で小説を書き上げる、みたいに、新しいことを挑戦してみるだけでその後も続けるとも限らないタイプのチャレンジもあるとおもいます。この場合は、ひとつ何かを成し遂げるというものですね。
今回の件についてはその辺の認識が中途半端なまま始めてしまったという反省点があります。とりあえずお試しで電子書籍に注力してみたものの、今後も電子書籍のみの生活ができるかというと、まあできないだろうなと思いながら始めていたのです。かといって、何かを成し遂げるというようなタイプのものでもないし。

しかし、ひとまずのところ、電子書籍のみでの生活というのはどうかというと、なくはない、といったところだと思いました。とくに英語で本を読むならほぼ支障はないと思いました(新刊が即Kindle化されるとも限らないし、すべてがKindle化されるわけでもないので、今後の電子書籍ライフではそのへんも気に掛かるところですが)。一方、和書はまだバリエーションが少ないため、完全移行は難しいと言わざるを得ないと思いました。したがって、翻訳書から徐々に電子書籍に移行していくという当初の想定通りの流れになりそうな気がします。
問題はむしろ、紙の書籍と電子書籍のバランスをどうするか、という点にあります。正直わたしも紙の本という物体への愛着は薄い方なので、紙の本は可能な限り回避したいという意識があります。またそれは今回のチャレンジでかなりはっきりしてきました。今所持している本の処分を進め、また新しく購入するのは控えめになるのではないか、と思っています。

ただ問題はまんがでして、まんがはそれ以外の書籍よりはるかに権利関係が厳しく、電子書籍化があまり期待できません(確かに、下手に弱い制限で販売して一番海賊版などが出回りやすいのはまんがだろう、という悲しい現実は理解できます)。スキャンも明白に禁止している出版社や作家が多いので、こうなるとなるべく買わないか、買っても読んだら捨てるというオプションを取るしかなくなってしまっています。まんがとどうつきあうか、というのはもう少し様子を見て考えたいと思っています。

紙の本のスキャンについて
ところで、自分で紙の本を買ってスキャンするのは、過渡期の技術としてアリかなあと思っていたのですが、なんというか、わりとどうでもいいような気がしてきました。自宅に累積した本には何らかの手段で電子化してでも保存したいものがあるため、スキャン自体は、ある程度は継続をするつもりです。ですが、持っている本の大部分は処分しても問題ない気がしますし、新しい本を買って電子化して読むというのはあまり私の生活スタイルには合わないと思いました。
スキャンした本というのは、ようするにページの画像データのことですが、電子書籍デバイスで読むのはあまりおすすめできるユーザ体験ではないと思います(Kindleの画像表示能力がそんなに高くないという個別事情もあります。解像度の調整をしないと相当読みづらい)。紙の本として購入したものを、あえて労力を費やして電子化してから読むというのはメリットが薄いと思いました。そのまま紙の本として読むほうがなんぼかよろしい。まあ、分厚い本であれば、持ち歩きやすいという利点があるかな、とは思いますが……。
とはいえ、上でも書いたように、今ここにある本の山のうち、いくらかを電子化して保存するという行為については否定的ではありません。後から参照し、必要な箇所だけ読むという面では、電子化することの利点もそれなりにありそうです。ただ現状、縦書きの書籍のOCRの精度は全然よくないものが多い気がするので、本によっては「後から検索したい」という欲求は満たしづらい場合もあります。

電子書籍デバイスについて
上にも書いたように、今回は電子書籍デバイスとしてはAmazon Kindleのみを所持という状態でスタートしました。チャレンジをはじめる前に事前調査をもっとすべきだったとあとで思いましたが、現在の日本の電子書籍サイトでKindleというのはまったく役に立たないデバイスとなっています。基本的にはSony Reader、PC向けにWindows、タブレットならiOS、という環境のサポートが主になっていて、Kindle、Mac、Androidな私はまるで手がでない(笑)。AndroidやMacのサポートはまれにあるのですが、品揃えの問題と、発光する画面で本を読むというのはちょっとありえないという考えから、まったく頼むことはありませんでした。上に挙げた日本語の本は、どれもEPub形式で購入しています。もっともKindleはEPubも表示できないので、Calibreで変換しています。
Kindle自体は私はとても好きなデバイスなのですが、実際問題として日本でもKindleが支配的であるべきだとも思いません。楽天が買収したKoboが日本に来るという話もあり、これもこれで期待しているところです。結局のところ品揃えの多寡で決まる面が大きいと思うので、いい品揃えであればデバイスには強いこだわりは、私には今のところないのです。
ただやはり、E-Inkは必須だと思いました。発光するデバイスで本を読むのは正直しんどいです。またKindleは圧倒的に軽い、という利点もあります。実際、私もいっときAndroidタブレットを入手したときにはKindle終わったな、と思ったのですが実態は全く逆でした。重量には大きな意味があります。軽くて読みやすい、という利点を他のデバイスがどう乗り越えるか、というのが要点だなと思っています。