2014-05-25

ジョー・ウォルトン『図書室の魔法』。まぁSFファンなら当然好きなんですが……




ジョー・ウォルトン『図書室の魔法』

「ファージング」三部作の著者によるファンタジー……の皮を被ったSFマニア小説。

母と仲違いをし、双子の妹を失った少女モリはウェールズの片田舎からイングランドに住む離婚していた父親のもとに引き取られるが、父の異母姉となる三人の伯母のゴリ押しで全寮制の学校に入れられてしまう。というのを、事故で体をうまく動かせず、SFやファンタジーの読書が趣味の主人公の書いた日記として描く。

また主人公はフェアリーが見える体質で、魔法も使える。といっても、ここで描かれる魔法というものは、見た目に派手な効果を見せたり直接的に働きかけたりするようなものではなく、偶然や巡りあいを引き起こして有利な状況が結果的に引き起こされるといった、ささやかな効果しかない。主人公に言わせれば、仲違いした母親は悪い魔女で、いろんな魔術を使って自分を攻撃してくる……。

ジャンル分類的には日記文学の体裁を取った妖精物語、ということになるんだと思うんだけど、魔法の効果はきわめてささやかであって、妖精譚を期待すると肩透かしと感じる気がする。日記という体裁であることもあり、読者としては、魔法というのは主人公の妄想ないしは創作なのかな、と疑いつつ読んでいくことになる。っていうか、そんな内容の日記を書いちゃうって中二病というか不思議ちゃんというか……。描かれている内容として、妄想なのか作品内の現実なのか、ということが読んですぐわかるものではないバランスの妙はあるのであるが。

どちらかといえば、特殊な出自で周囲とうまくなじめず、妖精が見えるとか言い出しかねない孤立した不思議ちゃんが周囲と折り合いをつけつつ生きていく、といったことを描いた作品として読むべきなのだろう(原題の among others というのも、やっぱりそっちが主題だからついたタイトルだ)。

そういうわけで、本書の見どころはやはり周囲にうまくなじめない孤立した学校生活、と同時に主人公が読んだSFのタイトルや作家名、感想などがばんばん出てくるところであろう。日記の日付は1979年から80年にかけて、ティプトリーやル=グウィン、ディレイニーなどの傑作タイトルをどんどん読んでいるわけでして、コレを読んで悪い印象を持つSFマニア読者はいないんじゃなかろうかw SFマニアはこういうふうに周囲から孤立した青春を送った人も多いと思うんですよね……。

だが一方、共感を呼ぶという点では、むしろあざといぐらいな設定がなされている本でもあります。運動は(事故の関係で)できないけれども成績は優秀で数学以外の全教科で優等生、でも周囲にはなかなかなじめずに孤立しているが一目置かれている、といった設定。近くの図書館で開かれている読書会(というかSFファングループの例会ですな)に顔を出すようになり……といった展開もねえ。で、SF大会の存在を知って感激する、とか、ここまでくるとオレですら「それはちょっと」という気分に。

---

話がすこしずれた。

というわけで、どちらかといえば不思議ちゃんのSF読書日記として読むべき本ではないかと思う。で、この場合、良いか悪いかという評価よりは、こういうのが好きか嫌いか、主人公の読書遍歴や感想に共感できるか、といった個人的な趣向が大きな影響を与えるタイプの本だと思った。

オレはまあ好きです。

2014-05-19

野地秩嘉『イベリコ豚を買いに』



野地秩嘉『イベリコ豚を買いに』

ちょっと不思議な読後感のノンフィクションである。

本屋でたまたま見かけ、帯や出だしが面白そうだったので買ってみたのだが、おそらくその導入から期待されるような筋道に至らない。

帯にも書いてあるが、導入はこんな具合だ。東北の小さな飲食店でイベリコ豚のメンチカツを食べながら著者はふと疑問に思う。たしかにイベリコ豚というのがブランド化して流行っている。秋田の小さな店でも出るほど日本全国津々浦々に出回っている。でも、なんかどんぐりを食べる希少な豚じゃなかったんだろうか。そんなに大量消費されるほど、イベリコ豚とは出荷されているものなのか。本当のところ、いったいどんな豚で、ふつうの豚とどう違うのか。それで興味を持った著者が取材を申し込み、いろんな障害の末に実際に放牧されているイベリコ豚をスペインで目にするまでに2年かかったというのである。

だから、こういう出だしからして読者はたぶんこう思うのだ(というかオレはそう思ったという話ですが)。「ははあ、つまり、そもそもふつうの豚がどうやって生育され、流通しているのか、イベリコ豚はどこが特殊なのかを追ったルポタージュ的な本なのだろうな。実際の対面が本のクライマックスといったところだろうか」

はずれ。大ハズレです。

全10章のうち、イベリコ豚との対面は3章、スペイン取材は4章で終わっちゃうのだ。その段階で、ふつうの豚の生育方法やイベリコ豚との比較が手際よく解説され、読者としても事情はだいたいわかってしまう。

じゃあこの本の残りはどうなるのか?

その後は、著者がいかにイベリコ豚を使った新商品を開発するかの奮戦記がはじまってしまうのである。

というのが何故かというと、スペイン取材の段階で、「豚を買う」ということを口実にしていたからである。豚を買うと言っても家族や友だちに配ってふるまうわけじゃない。売るのだ、できれば利益を出すのだ。と、著者は決心する。

食にまつわるノンフィクションを書いているという著者は、業界関係者の知り合いも多いようで、そういった知り合いに助けを求める。そうした知り合いを巻き込みながら、いろんなトラブルをなんとかかんとか乗り越えつつ、商品企画を練り上げ、製品を作り、実際に売りに出す。しかも、本業はジャーナリストであるような、いわば「素人」である著者がそういう場に実際に立ち会い、食品を売る、新商品をつくるという過程においていかに自分が素人であり、いかに自分が新しいことを学んだかを率直に記す。

ようするに本の後半は、ある種のビジネス書なのである。素人が頑張って加工食品を作って売ってみた、と言葉で書くと単純だが、そこに至るまでの膨大な手間ひまと交渉と試食と……もろもろの過程を素人目線で書いている。

本書のラストは、この新商品を携えてスペインにあるイベリコ豚の取材先をふたたび訪れるというものだ。そこで「お前はジャーナリストじゃない。いまや同業者だ」とまで言われてしまうのである。

いや……それ、ノンフィクション作家として、どうなのよ?? と、読者としては疑問符つきまくりになるくだりである。が、そのわりに不思議と読後感は悪くない。

一冊の前半がふつうのジャーナリスティックな調査とまとめなのに、後半はビジネス書というのは、なんとも不思議な構成である。だが、不思議な構成でありながら、決定的にダメだというわけでもない。ぼくはこの著者の本を読むのははじめてなのだけれど、著者のキャリアは長く、文章は的確だ。なんとも不思議な本である(僕自身はソフトウェアエンジニアだからさほどでもないが、商社のようなモノを扱う職の人にとっては、著者の「学び」はわりと基本的なしょーもないことのようにも思ったりもするが)。

イベリコ豚とは本当はどんな豚で……といった情報を知りたいというのであれば、あまりおすすめできる本ではない。だが、結果的にはユニークな本ではあるように思う。

---

ちなみに本書についた一番はじめのアマゾンレビューはこんな感じのコメントであった。
5つ星のうち 5.0 楽しく読むことが出来ました。 2014/4/28
By 武部 太
検証済み購入品
陽の当たる方向へ人々を巻き込んで行く実話にのめり込みました。
投稿者名となっている武部太というのは後半の商品開発プロジェクトに関わる人と同名なので、ここまで「中の人乙」感のあるコメントもなかなかないものであろう。が、そこもまた、悪くない。これだけで武部氏の人柄や、プロジェクトの良好な雰囲気が伝わってくる(本そのもののレビューとしてはまるで役たたないけど)。