2012-03-31

BBCのテレビドラマ『シャーロック』第二期を見た

昨年夏にNHKでも放映された、イギリスBBCのテレビドラマ『シャーロック』。シャーロック・ホームズの物語を、舞台を現代に置き換えて翻案したドラマで、評判になりました。本国では実は第二期がこの冬に放映されていて、もうDVDは出ていたので見てみました。

設定は同じで、ストーリーも第一期の直接の続編。ただ、ワトソンの書くブログは趣味的な側面が強くなっていき、ホームズの活躍を伝えるものとなっています。そしてブログによってホームズの存在も話題になり、ネット世代のプチ有名人みたいな扱いに。
画面のつくり、とくにシャーロックの推理シーンのかっこ良さは第一期そのままなので、そのままの続編として楽しめる作りで、おすすめです。第二期も第一期と同じく、1話90分で全3話。ひとつのエピソードで90分は長い気がするのですが相変わらずスピーディな展開。またハイスピードカメラを使った映像など凝った画面がとてもカッコイイ。

第1話 A Scandal in Belgravia
原典の「ボヘミアの醜聞」 (A Scandal in Bohemia) をベースにしたエピソード。アイリーン・アドラーが登場してシャーロックと丁丁発止のやりとりを繰り広げるサスペンス+淡いロマンス。シャーロックはアイリーン・アドラーのもつ機密を奪回することになるが、アイリーン・アドラーはシャーロックとも渡り合えるほどの切れ者で、シャーロックとは惹かれ合うようになる……。
タイトルのBelgraviaはロンドン中心部の高級住宅街のことだそうです。

第2話 The Hounds of Baskerville
『バスカヴィル家の犬』 (The Hounds of the Baskervilles)をベースにしたエピソード。タイトルのわずかな違いからもわかるように、このエピソードではバスカヴィルというのは家名ではなく地名。バスカヴィルという場所に軍の研究施設があり、周辺では恐ろしい魔犬のうわさが流れていた。軍研究施設から脱走した強化犬だというもっぱらのうわさだが……?
途中の推理シーンは今期の白眉ともいうべきシーンでしょう。カッコイイ! 岩石の上に立ち、周囲を見渡すシーンもカッコイイ。

第3話 The Reichenbach Fall
タイトルのライヘンバッハの滝といえばスイスにある滝ですが、ここはもちろん原典ではモリアーティ教授とホームズが対決し、墜死したことで有名(生きてたけど)。そういうわけで前期に引き続き、モリアーティとの直接対決のエピソードです。モリアーティはどうやってかロンドン塔、イングランド銀行、ペントンビル刑務所の警備システムを破り、自身もロンドン塔にある王冠の強奪を敢行。急行した警察によって取り押さえられ、モリアーティの裁判が始まる。モリアーティはいったい何を目論んでいるのか? そしてシャーロックは?
冒頭からワトソンが My best friend, Sherlock Holmes, is dead. と言うところから始まる本エピソードですが、いったい物語がどう進み、結末はいったいどうなるのか、本当に死んでしまうのか? ところでこのタイトル、直接的にはもちろんライヘンバッハの滝のことですが、いくつかの意味が込められています。

ということで、おすすめです。NHKでもまた放映するんじゃないのかなー。しないのかなぁ。

2012-03-26

ブルース・シュナイアー "Liars and Outliers"

忙しくて文章を書く暇があまりなかったが、ブルース・シュナイアーの新作 Liars and Outliers: Enabling the Trust that Society Needs to Thrive を読み終えていた。
本書は "Beyond Fear" (邦訳:『セキュリティはなぜやぶられたのか』)の続編に当たる本だと思う。シュナイアー先生がふたたび、社会を相手に自らの知見を述べるといった体裁の本だ(実際には、この間に書かれた他の本を読んでないので、もうちょっと流れがあるのかもしれないが)。
"Beyond Fear"では、9.11以降のアメリカ社会、とくに空港のセキュリティチェックが厳しくなってきた現実を踏まえ、それがいかに形骸化して効果をもたらさなくなっているかを指摘していた。そして、セキュリティというのはプロセスであり、常に人の手で運営され、見直される必要があることを提言していた。
この本は、そのもっと前提部分に立つ。社会がなぜ、どのように成り立っているのか、セキュリティはその中でどういう地位を占めるのか。
本はこういうシーンから始まる。まさに今日、見知らぬ人間が家の前に来て水漏れを直しに来たと伝える。著者はその人のIDを確認することもなく家に招き入れ、その人物もまた、ふつうに修理をする。修理が終わればお金を払う。家のものを盗もうともしないし、家主も勝手に奪ったり、支払いを拒否したりしない。そんなことがあるだろうと気に病むことすらない。
なぜか。それは信頼があるからだ。その水道工との信頼関係ではない。なんせその人とは初めて会ったところだ。でも社会への信頼がある。互いに同じ社会に属し、その行動規範に則っているという信頼がある。

これがこの本のテーマである。
たとえば囚人のジレンマという問題がある。二人の容疑者がいる。互いに別々の部屋に入れられ、相手を告発するかどうか持ちかけられる。互いに黙秘していれば、1年間投獄される。相手が黙秘して自分が告発すれば、自分は釈放されて相手は10年間の投獄をされる。両方ともが告発すれば、両者とも6年の刑に課せられる。
このとき、相手がもし黙秘しているのだとすれば、自分は黙秘をしていれば投獄され、告発すれば釈放される。もし相手が告発をするのだとすると、やはり告発したほうが自分の刑期は短くなる。したがって、どんな場合でも告発するのが合理的となる。
ここでシュナイアーがユニークなのは、いわゆる繰り返し囚人のジレンマ問題に持ち込まなかったところだと思う。よくある「しっぺがえし戦略」はここでは扱わない。囚人のジレンマの問題を1回だけ行うとして、どうなるだろう。
実際の問題で似たようなシチュエーションを考慮すると、そうするのが合理的であっても告発してばかりの殺伐とした状況にはならない。なぜか。僕たちはどうやって信頼を構築するのだろう。
というのがこの本のテーマである。
以降、様々なシチュエーションを考慮しながらいかにして社会的な圧力(societal pressure)が構築され、人々にとって協調的に行動することが合理的になるか、ということを示していく。倫理観、評判、社会システム。そしてセキュリティはそれらの仕組みを支えるためのテクノロジーとしてのみ存在する。
だが、社会の仕組みとしていかにうまく協調的な行動を導こうとしても、完全にはうまく行かないことも強調する。嘘つき(Liar)や例外(Outlier)は必ず存在してゼロには決してできない。むしろ、ゼロは目指すべきではない。それを目指すことで不必要な社会圧力や仕組みが生まれ、社会は高いコストを払い続け、失敗に追い込まれるのだ。

シュナイアーが"Beyond Fear"を書いたのは、9.11への反動ともいうべきアメリカ社会の反応に感じるところがあったからだろう。基本的に本書の姿勢もそこに立脚しているようで、多少は9.11に関係するポイントもある(だが、その扱いは注意深い)。いずれにせよ、日本人の読者としてはやはり震災後の原発をめぐる議論について思わざるをえない面もある。
久々の力作ということもあって、たぶんこの本もすぐに邦訳が出ると思う。そのときにでも是非読んでみて欲しい。
おすすめ。