2014-05-19

野地秩嘉『イベリコ豚を買いに』



野地秩嘉『イベリコ豚を買いに』

ちょっと不思議な読後感のノンフィクションである。

本屋でたまたま見かけ、帯や出だしが面白そうだったので買ってみたのだが、おそらくその導入から期待されるような筋道に至らない。

帯にも書いてあるが、導入はこんな具合だ。東北の小さな飲食店でイベリコ豚のメンチカツを食べながら著者はふと疑問に思う。たしかにイベリコ豚というのがブランド化して流行っている。秋田の小さな店でも出るほど日本全国津々浦々に出回っている。でも、なんかどんぐりを食べる希少な豚じゃなかったんだろうか。そんなに大量消費されるほど、イベリコ豚とは出荷されているものなのか。本当のところ、いったいどんな豚で、ふつうの豚とどう違うのか。それで興味を持った著者が取材を申し込み、いろんな障害の末に実際に放牧されているイベリコ豚をスペインで目にするまでに2年かかったというのである。

だから、こういう出だしからして読者はたぶんこう思うのだ(というかオレはそう思ったという話ですが)。「ははあ、つまり、そもそもふつうの豚がどうやって生育され、流通しているのか、イベリコ豚はどこが特殊なのかを追ったルポタージュ的な本なのだろうな。実際の対面が本のクライマックスといったところだろうか」

はずれ。大ハズレです。

全10章のうち、イベリコ豚との対面は3章、スペイン取材は4章で終わっちゃうのだ。その段階で、ふつうの豚の生育方法やイベリコ豚との比較が手際よく解説され、読者としても事情はだいたいわかってしまう。

じゃあこの本の残りはどうなるのか?

その後は、著者がいかにイベリコ豚を使った新商品を開発するかの奮戦記がはじまってしまうのである。

というのが何故かというと、スペイン取材の段階で、「豚を買う」ということを口実にしていたからである。豚を買うと言っても家族や友だちに配ってふるまうわけじゃない。売るのだ、できれば利益を出すのだ。と、著者は決心する。

食にまつわるノンフィクションを書いているという著者は、業界関係者の知り合いも多いようで、そういった知り合いに助けを求める。そうした知り合いを巻き込みながら、いろんなトラブルをなんとかかんとか乗り越えつつ、商品企画を練り上げ、製品を作り、実際に売りに出す。しかも、本業はジャーナリストであるような、いわば「素人」である著者がそういう場に実際に立ち会い、食品を売る、新商品をつくるという過程においていかに自分が素人であり、いかに自分が新しいことを学んだかを率直に記す。

ようするに本の後半は、ある種のビジネス書なのである。素人が頑張って加工食品を作って売ってみた、と言葉で書くと単純だが、そこに至るまでの膨大な手間ひまと交渉と試食と……もろもろの過程を素人目線で書いている。

本書のラストは、この新商品を携えてスペインにあるイベリコ豚の取材先をふたたび訪れるというものだ。そこで「お前はジャーナリストじゃない。いまや同業者だ」とまで言われてしまうのである。

いや……それ、ノンフィクション作家として、どうなのよ?? と、読者としては疑問符つきまくりになるくだりである。が、そのわりに不思議と読後感は悪くない。

一冊の前半がふつうのジャーナリスティックな調査とまとめなのに、後半はビジネス書というのは、なんとも不思議な構成である。だが、不思議な構成でありながら、決定的にダメだというわけでもない。ぼくはこの著者の本を読むのははじめてなのだけれど、著者のキャリアは長く、文章は的確だ。なんとも不思議な本である(僕自身はソフトウェアエンジニアだからさほどでもないが、商社のようなモノを扱う職の人にとっては、著者の「学び」はわりと基本的なしょーもないことのようにも思ったりもするが)。

イベリコ豚とは本当はどんな豚で……といった情報を知りたいというのであれば、あまりおすすめできる本ではない。だが、結果的にはユニークな本ではあるように思う。

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ちなみに本書についた一番はじめのアマゾンレビューはこんな感じのコメントであった。
5つ星のうち 5.0 楽しく読むことが出来ました。 2014/4/28
By 武部 太
検証済み購入品
陽の当たる方向へ人々を巻き込んで行く実話にのめり込みました。
投稿者名となっている武部太というのは後半の商品開発プロジェクトに関わる人と同名なので、ここまで「中の人乙」感のあるコメントもなかなかないものであろう。が、そこもまた、悪くない。これだけで武部氏の人柄や、プロジェクトの良好な雰囲気が伝わってくる(本そのもののレビューとしてはまるで役たたないけど)。