2014-04-06

ロビン・スローン『ペナンブラ氏の24時間書店』。伝統とテクノロジーの混交



すっかり感想を書き忘れていましたが、縁があって『ペナンブラ氏の24時間書店』という本を読みました。今月末ぐらいに発売されるぽい。

結論を先に書いておくと、なかなか面白かった。とくにWeb系な人はわりと楽しめると思う。

サンフランシスコのスタートアップでウェブデザイナーというかフロントエンドまわりをいろいろやって働いていた主人公だが、会社はうまくいかなくなり潰れてしまう。残ったのは会社の備品だったMacbookのみ、次の仕事までのつなぎとしてひとまずバイトをすることにしたのが、ペナンブラ氏の24時間書店という、文字通り24時間営業の古本屋。この本屋の夜間バイトをして糊口をしのぐことにする。

ところがこの本屋、どこかおかしい。一見するとふつうなのだけれど、奥には謎の書架があって、そこには読めない言語で書かれた、ふつうには存在しないと思われる本がぎっしり。奥は会員制で、たまにくる不思議な連中だけが一冊ずつ借りてゆく。

ふとしたきっかけでGoogle社員の女の子と仲良くなった主人公が、コンピュータのパワーを使ってこの謎に挑んでいく、というのが主な筋立て。

先に難点を書いておくと、この本のコンピュータやテクノロジーの描写はちょっとアレ。エンジニアからするとさすがにそれは……という見過ごせない瑕疵があちこちにあるのは確かで、読んでいてあちこちでひっかかってしまう。行きがかり上気になるのはやはりGoogle関連の描写。主要登場人物のひとりがGoogle社員なので比較的いろいろ出てくるのだけど、これが非常にファンタスティックな会社になっている。まあ会社自体の描写はフィクションということでわざと過剰にしているのだろうけど、その影に隠れた技術的なディティールには、なるほど著者は全然詳しくないのだなあとわかるような変なところがいっぱいあるのだった。たとえば普通のGoogleエンジニアはHadoopは使わないはずで、なぜなら内製のオリジナルMapReduceがあるからなのだが、つまり作者はHadoopというのがMapReduceの論文から生まれたクローンだということを知らないのだなぁと思ったりとか、そういう部分。あと会社内のコンピュータの台数ってどれぐらいなのか想像もできてないんだろうなーとか。

物語の結末で解かれる謎についても……まあこれについてはネタバレしないように言及は避けるけれど、それって、暗号理論の教科書でもすぐ出てくるような、ものすごく単純なやつじゃね? コンピュータに解けないわけがないと思うんだけど。

などなど。長すぎた。

ただやっぱりこの本には否定できない魅力もあって、しかし、それは上の瑕疵と表裏一体なように思う。なんと書いたものか……アマゾンのレビューから引用してみると、それはつまり Past meets present and envisions future. ということになるのかもしれない(これは褒めすぎだと思うけど)。

つまり、この作品が描いているのは、過去と未来の混交なのだ。

舞台が「書店」であるということもあって、たとえば古い本であったり、たとえば書体……とくに実際の書体の金型といった物理的な実体であったり、そういった「古いもの」の魅力が、本書では存分に描かれる。ほかにもたとえば、古本屋には秘密主義の頑固ジジイがいるし、秘密結社は過去の伝統に縛られていたりする。

でもそれだけじゃない。主人公たち若者は、そういう謎や因習に、テクノロジーで挑んでいく。主人公は序盤でRubyはいい、とか書いていたりするし、本来は別な方法で解かれるべき謎も、コンピュータでデータをビジュアライズして飛び越えてしまったりする。

この「過去へのリスペクト」と「テクノロジーへの愛」の混交こそが、この本の魅力と言えるだろうと思う。だから過去の因習の描写もあるいっぽうで、テクノロジーについてもばんばん書かれているし、細かいところがおかしくても、この構造自体には否定できない魅力があるのだった。

ただ「混交」ということはもちろん「コンピュータテクノロジーですべてが解決される」といった単純な構造ではなく、もっと複雑な関係を描いている --- 少なくとも作者はそこを目指そうとしているようだ。なので、どちらか一方の視点しかない読者、つまりガチガチのテクノロジスト(まあぼくもある種コレなので上で論難しているわけだが)やテクノフォビアにはまったく響かないだろうとも思う。それと、「複雑な関係」というものについて作者はほんとうにうまく描いているか、とか、最終的にこれはどうなんだ、という批判はありえて、それは同意するけれど。

また、この道具立て自体が非常に現代的かなあと思っていて、テクノロジストの中心地であるシリコンバレーでも、伝統と格式の東海岸でもなく、両者が奇妙に入り交じるサンフランシスコを舞台に選んだのも、Twitter 勤務経験のあるらしい作者ならではという気もしている。

まあ悪くない本ですよ。